こんにちは、アサヒナです。
少し前に、赤坂のサウナで起きた火災のニュースを見ました。
サウナの中に閉じ込められ、ご夫婦が亡くなった。
報道によれば、夫は30代半ば。
都内で美容室を何店舗も経営されていた方だそうです。
奥さんは、ネイリストとして働いていた。
ニュースを見た後、しばらく仕事が手につきませんでした。
一度も会ったことのない、赤の他人です。
それでも、画面から目を離せなかった。
自分の生き方を、正面から突きつけられた気がしたんです。
今日は、そんな話をしたいと思います。
真面目に生きていても、明日は保証されない
詳しい経緯のすべてがわかっているわけではありません。
だから、運営していた会社について、僕が何かを言うつもりはないです。
ただ、ひとつだけ動かない事実があります。
普通に、真面目に生きていた人が、ある日突然、命を奪われた。
これは、今回のことに限った話ではありません。
仕事に向かう途中で、事故に遭う。
出先で、思いもしない何かが起きる。
その可能性は、僕にもあなたにも必ずあります。
そして、ゼロにすることは不可能です。
どれだけ健康に気を使っても。
どれだけ慎重に生きても。
確率を下げることはできても、消すことはできない。
それが、僕たちの立っている場所なんです。
僕たちは「いつか」を前提に人生を組んでいる
ここで、冷静に考えてみてください。
あなたは今、どんな前提で毎日を組み立てているか。
「この案件が終わったら、少し休もう」
「来月になったら、家族でどこかへ行こう」
「もう少し余裕ができたら、やりたかったことを始めよう」
僕も、ずっと同じことを考えてきました。
でも、この考え方には大きな穴があります。
明日が来ることを、当たり前の前提にしている。
来年が来ることも。
5年後、10年後が来ることも。
全部、来る側に賭けて組み立てている。
でも、それは絶対ではありません。
僕たちの人生には、期限が書かれていないんです。
納期のわからない案件を、あなたは平気で後回しにできるでしょうか。
たぶん、できないはずです。
納期が見えないものほど、先に手をつける。
仕事なら、誰でもそう判断します。
なのに、自分の人生に対してだけは、平気で後回しを選んでしまう。
不思議な話です。
「今は踏ん張りどきだから」という言い訳
とはいえ、今すぐ何かを変えるのは怖い。
その気持ちは、痛いほどわかります。
「今が踏ん張りどきだから、もう少しだけ」
「家族を養う責任があるから、冒険はできない」
「自分にはまだ、実力が足りていない」
僕も、全部言っていました。
言い訳は、いくらでも作れるんです。
しかも、どれも正論の顔をしている。
だから、厄介なんです。
ただ、ひとつだけ確認させてください。
その「もう少しだけ」を、あなたは何年続けているか。
1年前も、同じことを言っていなかったか。
3年前も、同じ理由で先送りしていなかったか。
もしそうなら、それは踏ん張りどきではありません。
そういう働き方が、常態になっているだけです。
会社員時代の僕が、毎日感じていたこと
僕の話をします。
会社員だった頃、頭から離れない言葉がありました。
「今の働き方を続けたら、絶対に後悔する」
きっかけのひとつは、父でした。
父は、仕事一筋の人だった。
家族のために働いてくれていたのは、わかっています。
ただ、同じようにはなりたくない。
そう思ってしまったんです。
そして、もうひとつ理由があります。
ある時、働くという行為の構図に気づいてしまった。
会社員として働くとは、誰かが達成したい夢や目標を手伝うことです。
そのために、自分の時間を差し出す。
結果として、お金を受け取る。
この構図自体は、おかしなものではありません。
ただ、差し出しているものの正体に気づいた時、手が止まりました。
時間は、命そのものです。
一度渡したら、二度と戻ってこない。
一度、電卓を叩いたことがあります。
月の手取りを、実際に働いた時間で割ってみた。
通勤時間も、家に持ち帰った作業も全部入れて計算しました。
出てきた数字を見て、言葉が出なかった。
これが、自分の1時間の値段なのか。
しかもその1時間は、二度と戻ってこない。
誤解しないでください。
会社員が悪いと言いたいわけではありません。
組織でしか作れない大きな仕事があることも、十分に知っています。
そこにやりがいを見つけている人を、心から尊敬します。
でも、それでも。
僕は、自分の時間を自分のために使いたかった。
誰かの会社を大きくするためではなく。
自分と、自分の家族のために使いたかった。
だから、起業しました。
「やってダメだった」は、後悔にならない
結果として、起業してよかったと思っています。
ただ、少し変な言い方をします。
仮にうまくいっていなかったとしても、僕は後悔していないはずです。
チャレンジして、ダメだった。
その事実がわかっただけ。
器がなかったと諦めて、会社員に戻っていたと思います。
それはそれで、納得のいく着地です。
お金は、使えば消えます。
でも、やってみて得た経験や知識は消えません。
税金で持っていかれることもない。
一生、自分の資産として残り続けます。
失敗した側の後悔は、意外と軽いんです。
重いのは、もう一方。
チャレンジしなかった場合の後悔です。
やらなかった選択肢は、検証のしようがありません。
「あの時やっていたら、どうなっていたんだろう」
この問いだけが、死ぬまで残り続けます。
僕が本当に怖かったのは、失敗することではなかった。
答えの出ない問いを抱えたまま、年を取ることでした。
守りたいものは、立場が変わると見えてくる
正直に言うと、昔の僕はここまで考えていませんでした。
子どもができるまで、僕は子どもがあまり好きではなかったんです。
自分の自由を縛って、行動範囲を狭める存在。
そんなふうに見ていました。
ひどい話だと思います。
でも、実際に自分の子どもを授かってから、見方が完全に変わりました。
あれだけ鬱陶しいと感じていた存在が、かわいくて仕方ない。
この変化には、自分がいちばん驚いています。
そこで、学んだことがあります。
その立場になってみないと、わからないことがある。
時間の価値も、まったく同じです。
独身だった頃の1時間と、今の1時間は、値段がまるで違う。
子どもの寝顔しか見られない日が、また1日増える。
親と話す回数が、年に数えるほどになっていく。
背負うものが増えるほど、差し出した1時間は重くなります。
つまり、先送りのコストは、年々上がっているんです。
今日一日を、誰のために使うか
仕事は、大事です。
僕自身、仕事は好きな方だと思います。
でも、仕事に支配された人生に価値はない。
これが、僕の考えです。
年商が何億とあっても、朝から晩まで仕事に追われている。
いつも難しい顔をしていて、余裕がない。
そういう経営者を、実際に何人も見てきました。
数字の上では、大成功です。
それでも、幸せそうには見えない。
あの姿になるために独立したわけじゃない。
そう思うんです。
だから、僕はこう決めました。
仕事も大事にする。
でも、それ以上に、自分の時間と家族との時間を守る。
明日、何が起きるかはわかりません。
だからこそ、今日という一日を、自分が納得できる形で使い切る。
後悔がゼロの人生なんて、たぶん存在しないです。
それでも、減らすことはできます。
もし今この瞬間に終わったとして、後悔すると感じる生き方をしているなら。
その違和感は、おそらく正しい。
今すぐ全部を変える必要はありません。
まずは、今日一日の使い方をひとつだけ、自分の側に取り戻してみてください。
僕も、毎日それを意識し続けます。
一緒に、後悔の少ない方を選んでいきましょう。
では、今日はこの辺で。
ありがとうございました。
