こんにちは、アサヒナです。
十数年前、一通の封筒が届きました。
高校時代からの友人からでした。
中身は、結婚式の案内です。
一緒にサッカーをやっていた仲間で、当時は毎日のように顔を合わせていました。
その案内に対して、僕がとった行動。
無視です。
出欠の返事すら、出しませんでした。
今でも、あの封筒の重さを覚えています。
今日は、そんな話をしたいと思います。
書かなかったのではなく、書けなかった
先に断っておくと、友人が嫌いだったわけではありません。
祝う気持ちがなかったわけでもない。
ただ、当時の僕には、その封筒に向き合う余裕が1ミリもなかったんです。
起業した直後でした。
お金がない。
時間もない。
毎日、生き延びることだけで精一杯。
会場までの交通費も、ご祝儀の3万円も、どこから出すのか見当がつかない。
「どうしようか」と考えること自体が、しんどかった。
頭の中は、目の前の売上のことで埋まっていました。
今月の支払いをどう間に合わせるか。
来月の見込みをどこから作るか。
その計算を、一日中回していたんです。
友人の幸せを喜ぶ席は、心のどこにも残っていませんでした。
だから、封筒を机の端に置いた。
そして、そのまま見ないふりをしたんです。
情けない話です。
でも、あの頃の僕には、それが精一杯でした。
ずっと、人間性の問題だと思っていた
後日、別の機会にその友人と会うことができました。
正直に謝って、許してもらえた。
それでも、いまだに後悔しています。
なぜ、あんなことをしたのか。
長いあいだ、自分の人間性の問題だと思っていました。
薄情な男だった。
自分のことしか考えられない人間だった。
そう結論づけて、当時の自分を責めていたんです。
でも、違いました。
答えは、もっと身も蓋もないところにありました。
お金がなかった。
ただ、それだけです。
お金がないと、最初に削られるのは判断力
お金がないことの怖さは、欲しいものが買えないことではありません。
考える力が落ちることです。
お金の心配は、頭の中でタブを開きっぱなしにするようなものです。
閉じたつもりでも、裏でずっと回り続けている。
その分だけ、他のことに使える容量が減ります。
だから、優先順位が狂います。
本当は一番大事なものが、一番後ろに回る。
友人の結婚式は、まさにそれでした。
返信のハガキを出すのに、5分もかかりません。
出られないなら、そう書けばよかっただけの話です。
でも、その5分を作れなかった。
正確に言えば、作れないほど心が縮んでいた。
当時の僕は、どうでもいい作業ばかり手が動いていました。
管理画面の数字を、一日に何度も見に行く。
考えなくて済むことを、わざわざ選んでいたんです。
余裕のなさは、仕事にも同じ顔で出てきます
削られるのは、人付き合いだけではありません。
事業のほうにも、はっきり出ます。
安すぎる見積もりを、そのまま飲む。
条件の悪い仕事を、怖くて断れない。
目先の入金ほしさに、合わないお客さんまで取ってしまう。
提案書を練る時間を惜しんで、使い回しで出す。
僕は、全部やりました。
そして、そのどれもが翌月の自分の首を絞めたんです。
余裕がないから、判断が雑になる。
判断が雑になるから、成果が落ちる。
成果が落ちるから、さらに余裕がなくなる。
この回転が始まると、気合では止まりません。
止める方法は、ひとつだけです。
先に、お金の土台を作ること。
順番を逆にすると、いつまでも同じ場所を回り続けます。
「お金が全てじゃない」という言葉の、便利すぎる使い方
ここで、ひとつ確認させてください。
「お金が全てじゃないですから」
この言葉を、都合よく使っていないでしょうか。
僕は、使っていました。
値下げを飲んだとき。
売り込むのが怖くて、案内を出さずに終えたとき。
最後はいつも、その一言で自分をなだめていたんです。
しかも、この言葉は誰にも否定されません。
言った瞬間に、まわりは黙ってうなずいてくれる。
だから、何年でも使い続けられてしまいます。
たしかに、お金が全てではありません。
そこは、本当にそう思います。
お金を持っていても、荒れている人を何人も見てきました。
年商が何億とあっても、常に追われている経営者もいます。
だから、稼げば幸せになれるという話をするつもりはない。
でも、それでも。
あの言葉を、稼ぐことから目をそらす道具に使うのは、話が別です。
当時の僕がやっていたのは、まさにそれでした。
清貧が成立するのは、100人に1人くらいです
世の中には、お金がなくても周りに優しくできる人がいます。
生活が苦しくても、笑顔を絶やさない人がいる。
「清貧」という言葉には、たしかに美しい響きがあります。
ただ、正直に言います。
それができるのは、体感で100人に1人くらいです。
残りの99人は、そうはなりません。
お金がないと、イライラします。
将来の不安で、夜中に目が覚める。
自分のことで手一杯になって、人を気遣う余白が消えていく。
僕も、一度は心のほうから何とかしようとしました。
早起きして、本を読んで、感謝することを書き出す。
それでも、請求書を見た瞬間に全部吹き飛びます。
気持ちは、数字の前では驚くほど弱いんです。
僕は、はっきりその99人の側でした。
そしておそらく、これを読んでいるあなたも同じ側です。
これは、責めているわけではありません。
普通の人間だというだけの話です。
だからこそ、気持ちではなく、土台のほうを先に作る必要があります。
稼げるようになって、変わったのは人付き合いだった
起業して、15年が経ちました。
今は、同世代と比べれば、経済的に余裕のある生活ができています。
それで何が変わったか。
高級なものを買うようになった、という話ではありません。
僕はお酒も飲みませんし、夜の店にも行きません。
変わったのは、人との接し方でした。
家族に、穏やかに接することができるようになった。
仕事仲間の相談に、面倒がらずに乗れるようになった。
お祝いごとがあれば、すぐに予定を空けて駆けつけられます。
もうひとつ、はっきり変わったことがあります。
人からの頼まれごとに、すぐ「いいですよ」と返せるようになりました。
昔は、まず自分の損得を計算していたんです。
人としての中身が成長したわけではないと思います。
心の面積が、少し広くなっただけです。
その面積を作ってくれたのは、気合ではなくお金でした。
お金の余裕は、心の余裕。
使い古された言葉ですが、今は本当にそうだと思っています。
稼ぐことは、身近な人を守るための手段です
ここまで書いておいて、いくら稼げという話はしません。
必要な額は、人によってまったく違うからです。
住んでいる場所。
家族の人数。
送りたい暮らしの形。
これらが違えば、必要な数字も変わります。
だから、目標金額を押しつけるつもりはありません。
ただ、ひとつだけお願いがあります。
稼ぐことから、逃げないでほしい。
売り込みが下手でもいい。
派手に儲ける必要もない。
それでも、自分の事業でちゃんとお金を作る。
その覚悟からだけは、降りないでほしいんです。
資本主義の中で生きている以上、お金がなければ生活は回りません。
もっと言えば、お金がないと自分を大事にできない。
家族も守れない。
大切な人に優しくすることさえ、難しくなります。
最後に、ひとつ聞かせてください。
あなたは今、身近な人に優しくできているでしょうか。
家族に。
仕事仲間に。
大切な人に。
もし「できていない」と感じるなら、それは性格の問題ではないかもしれません。
ただ、余裕が足りていないだけかもしれない。
だとしたら、やることははっきりしています。
自分の余裕を、自分で作る。
そのために、稼ぐ。
今日、出すのを迷っていた案内を1本出す。
安く見積もっていた仕事に、正しい値段をつけ直す。
それくらいの一歩で、十分です。
あの日の封筒は、もう手元にありません。
でも、返事を書けなかった感触だけは、はっきり残っています。
あの後悔があるから、僕は稼ぐことから逃げなくなりました。
もう二度と、大事な人の一番いい日を、見ないふりしたくないからです。
一緒に、余裕のある側で居続けられるように、今日も手を動かしていきましょう。
では、今日はこの辺で。
ありがとうございました。
