MENU

根性論は嫌いでいい。稼げる人と稼げない人を分けるもの

根性論は嫌いでいい。稼げる人と稼げない人を分けるもの

こんにちは、アサヒナです。

先に、ひとつ白状しておきます。

僕は、根性論が大嫌いです。

精神論も、同じくらい嫌いです。

「気合いでなんとかしろ」

「やる気があれば何でもできる」

こういう話を聞くと、正直うんざりします。

頑張った量で勝負が決まるなら、体力のある人だけが生き残ることになる。

そんな世界で戦うつもりは、まったくありません。

どうすれば少ない手数で結果を出せるか。

マーケターとして、頭の中はほぼそれだけです。

ところが先日、クライアントとの打ち合わせで、妙なところに行き着きました。

数字の話をしていたはずなのに、最後に残ったのが数字ではなかったんです。

二人とも、しばらく黙りました。

認めたくない結論だったからです。

今日は、その話をしたいと思います。

目次

稼げる人と稼げない人を分けていたもの

結論から言います。

稼げる人と稼げない人の差は、才能ではありません。

頭の良さでもない。

出来事をどう解釈するか。

その差です。

打ち合わせでは、お互いの知り合いを思い浮かべながら話していました。

伸びている人。

途中で止まってしまった人。

スキルの量で説明がつくかというと、つきません。

むしろ、学んだ量は止まった人のほうが多いことすらある。

業界の経験年数でも説明がつきませんでした。

残ったのは、ひとつだけです。

うまくいかなかった出来事を、どう受け取ったか。

失敗を「終わり」と見るか、「学び」と見るか。

その思考の土台のことを、世間ではマインドセットと呼びます。

根性論嫌いの僕がこの言葉を使うのは、正直かなり不本意です。

でも、どれだけ言い換えようとしても、これ以上の言葉が出てきませんでした。

僕たちの土俵に、才能の壁はほとんどない

なぜ、解釈がそこまで効いてくるのか。

理由は、僕たちが立っている場所にあります。

ひとり社長とフリーランスの世界。

ここに、飛び抜けた才能はほとんど要りません。

もちろん、年商数千億円の世界なら話は別です。

孫さんや柳井さんと同じ土俵に上がるなら、生まれ持ったものが要るでしょう。

でも、あなたの競合はその人たちではないはずです。

同じくらいの規模。

似たようなサービス。

同じようにひとりで動いている人たち。

その中で、能力の差はほとんどありません。

使っているツールも、読んでいる本も、だいたい同じです。

では、どこで差がつくのか。

うまくいかなかった日の、その後です。

断られた夜に、何を考えるか

営業の場面で考えると、わかりやすいと思います。

お客様に断られたとき。

ある人は、こう考えます。

「自分は営業に向いていない」

別の人は、こう考えます。

「なぜ断られたのか。次に活かそう」

起きた事実は、まったく同じです。

断られた。

それだけ。

でも、翌朝の行動がまるで変わります。

前者は、提案の回数を静かに減らしていきます。

傷つかずに済む方法を、無意識に探し始めるからです。

後者は、断られた理由をひとつ書き出して、次の商談に持っていきます。

ノルマを達成できなかった月も同じです。

「やっぱり自分には才能がない」

そう結論づけた瞬間、検証は終わります。

ところが、同じ数字を前にして分解する人がいます。

行動の数は足りていたか。

提案の中身は刺さっていたか。

出したタイミングは合っていたか。

ここまで割れば、来月に直す場所が決まります。

このひと手間が、半年後の数字を変えてしまうんです。

分かれ道は、毎日やってくる

営業以外でも、同じ分岐が起きています。

新しいやり方を知ったとき。

「今までの方法で十分だ」と現状維持を選ぶか。

それとも「失敗しても学べる」と試すか。

競合を見たとき。

「あの人には追いつけない」と目を伏せるか。

それとも「何をやっているのか」と観察しに行くか。

厳しい指摘を受けたとき。

「自分の提案には価値がない」と落ち込むか。

それとも「ただで改善点をもらった」と拾うか。

経験が少ないとき。

「ベテランには敵わない」と引くか。

それとも「経験がない分、見えるものがある」と前に出るか。

提案が通らなかったとき。

「誰にも必要とされていない」と沈むか。

それとも「形を変えて出せないか」と考えるか。

ひとつひとつは、小さな分かれ道です。

1日単位なら、差になりません。

ただ、これが毎日続きます。

1年なら、何百回。

選び続けた先に立っている場所が、同じわけがないんです。

僕が見てきた差は、だいたいここで作られていました。

根性論と、どこが違うのか

ここで、誤解されたくないので書いておきます。

僕は今も、根性論を認めていません。

「気合いで乗り切れ」に、再現性がないからです。

睡眠を削って頑張れる人が勝つ世界なら、僕はとっくに脱落しています。

マインドセットは、気合いとは別物です。

気合いは、体力が切れた瞬間に消えます。

解釈は、疲れていても選び直せる。

しかも、調子のいい日より、落ちている日のほうがよく効きます。

断られた直後。

数字が足りなかった月末。

何を言われたのか飲み込めない帰り道。

そういう日に、どちらの解釈を取るか。

必要なのは精神力ではなく、手順です。

手順なら、覚えれば誰でも使えます。

しかも、一度覚えたら減りません。

お金は税金で持っていかれますが、考え方は誰にも奪われない。

だから僕は、根性論は拒否したまま、これだけは認めます。

「性格だから無理」という逃げ道

ここまで読んで、こう思った方もいるはずです。

「自分はもともとネガティブな性格だから」

「急にポジティブになんてなれない」

「考え方を変えろというのが、一番の根性論だ」

最後のひとつは、鋭い指摘だと思います。

だから、はっきり書いておきます。

性格を明るくしろ、という話ではありません。

落ち込むのは、落ち込んでいいんです。

僕も、断られた日は普通に引きずります。

夜に思い出して、嫌な気持ちになることもある。

必要なのは、気分を変えることではありません。

出来事と、自分がつけた意味を切り離すこと。

それだけです。

落ち込んだまま分解しても、結果は同じように出ます。

ここが、気合いの話と決定的に違うところです。

感情は変えられなくても、扱いは変えられる。

そして扱いは、技術の側にあります。

才能が生えてきたわけではなかった

僕自身の話を、少しだけします。

社会人になる前まで、パソコンが一切触れませんでした。

それが今は、パソコン一台で仕事をしています。

途中で、何かの才能が生えてきたわけではありません。

「あの人にできるなら、自分にもできるはずだ」

そう考えることにした。

本当に、それだけです。

人のできることを見て、「才能があるから」と片づけるのは簡単です。

楽ですし、自分は傷つきません。

でも、その解釈を選んだ時点で、できるようにはならない。

もちろん、得手不得手はあります。

向いていないことまで、根性で取りに行く必要はないと思っています。

下りるのも、立派な判断です。

ただ、不向きでないことなら、大抵はできるようになる。

これは精神論ではなく、僕が実際に通ってきた道です。

だから、同じ話を何度でも書きます。

スキルを足す前に、土台を見る

もし今、思うような成果が出ていないとしたら。

「新しいスキルを身につけなきゃ」

「もっと勉強しなきゃ」

そう考える気持ちは、よくわかります。

僕も、ずっと同じ順番で動いてきました。

でも、順番を入れ替えたほうが早いときがあります。

土台が傾いたまま積み上げても、学んだことは残りません。

結果にも結びつかない。

逆に、土台さえできていれば、分野が変わっても戦えます。

今日、うまくいかない出来事がひとつ起きたら、紙に二行書いてみてください。

一行目は、起きた事実。

二行目は、自分がそれをどう解釈したか。

書き分けると、はっきりします。

事実は一行で終わるのに、解釈のほうが長い。

そして長いほうは、たいてい事実ではありません。

そこを一行書き換えるだけで、明日の一手が変わります。

道具も要りませんし、3分あれば終わります。

効率の話しか頭にない僕が言うのだから、気合いは要りません。

では、今日はこの辺で。

ありがとうございました。

目次