こんにちは、アサヒナです。
年末、両親を連れて温泉に行ってきました。
東京駅から、新幹線で。
移動したのは、帰省ラッシュの真っ只中です。
テレビでよく見る、あの混雑映像。
本当でした。
ホームは人で埋まり、車内も荷物で溢れている。
世の中の動きに合わせて動くのは大変だなと、改めて実感しました。
ただ、この旅行は思いつきで決めたものではありません。
きっかけは、ある計算でした。
今日は、その話を正直にお話しします。
結論、親と会う日は先に押さえてしまう
結論から言います。
親と会う日は、先にカレンダーへ入れてしまう。
そして、仕事のアポと同じ扱いにする。
これだけです。
拍子抜けしたかもしれません。
ただ、ソロで働く僕たちには、想像以上に大事な話だと思っています。
空いたら会う。
落ち着いたら顔を出す。
この順番でいる限り、その日は来ません。
なぜ、そう言い切れるのか。
理由を、3つに分けて書いていきます。
父に会えるのは、残り120回だった
1つ目の理由は、残りの回数が数えられてしまうからです。
僕は一度、両親と会える回数を計算しました。
父は70代です。
仮に80歳まで生きるとして、残りは約10年。
月に1回会うとすれば、年間で12回。
10年で、120回。
たった120回でした。
この数字を見たとき、はっきり言って衝撃を受けました。
120回は、仕事の打ち合わせならすぐに消える数です。
週1回クライアントと会えば、2年ちょっとで超えてしまう。
その程度の残高で、父との時間は終わる。
しかも、これは80歳まで元気だという前提の計算です。
日本人の平均寿命は、男性で81歳を超えています。
数字だけ見れば、まだ余裕があるように思える。
でも、見るべきは平均寿命ではありません。
健康寿命のほうです。
介護を受けずに、自分の力で生活できる期間のこと。
男性の場合、これが70代前半とされています。
一緒に新幹線に乗って、温泉まで出かけられる期間。
それは、寿命よりもずっと短いんです。
あなたも、一度だけ数えてみてください。
親の年齢と、会っている頻度を掛けるだけです。
電卓があれば、30秒で終わる話です。
たぶん、途中で手が止まります。
忙しさには、終わる日が来ない
2つ目の理由は、忙しさに終わりがないからです。
「今は忙しいから会えない」
この言い方を、僕も何年も使ってきました。
だから、責めるつもりはありません。
ただ、冷静に考えてみてください。
その忙しさは、いつ終わるのか。
来月でしょうか。
半年後でしょうか。
来年には、余裕ができているでしょうか。
正直に言います。
終わりません。
ビジネスをやっている限り、やることは常にあります。
案件が終われば、次の案件が来る。
売上が伸びれば、次の課題が出てくる。
順調なときほど、予定は埋まっていく。
忙しさが終わるのを待つのは、来ないバスを待ち続けるのと同じです。
そして待っている間も、120回の残高は減り続ける。
忙しさを理由にしていたら、一生会えない。
そういう構造になっているんです。
親は、催促してくれない
3つ目の理由は、親が催促してこないからです。
ここが、いちばん見落とされる点だと思っています。
クライアントとの打ち合わせを、直前に動かす人はいません。
動かせば、信頼を失うからです。
相手も、予定を空けて待っている。
だから僕たちは、何があっても守ります。
一方で、親と会う約束はどうでしょうか。
「ごめん、仕事が入った」
この一言で、簡単に流れます。
しかも親は、こう言ってくれるんです。
「忙しいなら無理しなくていいよ」
優しさです。
でも、その優しさに甘えているうちに、回数だけが減っていく。
文句を言わない相手との予定から、先に削られていく。
これは、ひとり社長やフリーランスほど当てはまります。
上司も同僚もいないので、止めてくれる人がいないからです。
自分で決めた予定は、自分で壊せてしまう。
自由の裏側にある、いちばん厄介な部分だと思います。
僕が実際にやっている3つのこと
では、どう運用しているか。
まず、日付を決めて枠を取ります。
「来月のどこかで」は、予定ではありません。
第2土曜日、のように具体化しないと消えていきます。
次に、移動時間まで含めて押さえます。
往復の時間を計算に入れずに組むと、必ず溢れる。
だから、半日から1日を丸ごと空けておく。
そして最後に、その枠には仕事を入れないと決めました。
急な依頼が来ても、別の日を提案します。
今のところ、それで失った仕事はありません。
むしろ、その場で代案を出せるので、話が早く進みます。
どうしても会えない月は、電話に切り替えます。
顔を見るのがいちばんですが、ゼロにはしない。
下限を決めておくと、習慣が途切れません。
大事なのは、意思の力に頼らないことです。
人の意思は、忙しくなれば簡単に折れます。
だから、仕組みで固定するしかないんです。
誤解しないでほしいこと
ここで、ふたつ補足させてください。
まず、仕事を犠牲にしろという話ではありません。
僕自身、仕事は好きな方だと思っています。
売上が落ちれば、親を旅行に連れて行くこともできません。
稼ぐことと、会いに行くことは対立しない。
両立させるために、先に日付を決めるだけの話です。
もうひとつ。
月1回という頻度に、こだわる必要もありません。
僕の場合は、実家が近いという条件に恵まれています。
飛行機で帰省する人に、同じ回数を求めるつもりはない。
年に2回でも、3回でもいいと思います。
決めた人には、その回数が残ります。
決めていない人は、ゼロになる。
差が出るのは、頻度ではなく、先に決めたかどうかです。
親孝行だと思うから、動けなくなる
もうひとつ、外したほうがいい言葉があります。
親孝行、という言葉です。
僕は、この言葉があまり好きではありません。
重すぎるからです。
親孝行と聞くと、立派なことをしなければいけない気がしてくる。
旅行に連れて行く。
まとまったお金を渡す。
家を建て直す。
そういう絵が、頭に浮かびます。
ハードルが上がると、人は動けなくなります。
準備ができるまで待とうと考えてしまう。
そして、その準備が終わる日は来ません。
実際に喜ばれたのは、もっと地味なことでした。
顔を出して、少し長めに話す。
撮った写真を、あとで送る。
それくらいで、十分だったんです。
僕が用意したのは、時間だけだった
今回の温泉旅行で、両親はとても喜んでくれました。
一緒に湯に入って、食事をして、どうでもいい話をした。
やったことは、それだけです。
高級な宿でも、珍しい観光地でもありません。
僕が用意したのは、時間だけでした。
親が欲しいのは、豪華な体験ではないんだと思います。
顔を見て、少し話す時間。
それで、十分に喜んでくれる。
そして、この時間は消えない形で残ります。
お金は、使えばなくなります。
事業も、明日どうなるかはわかりません。
でも、あの日一緒に温泉へ行ったという事実は、誰にも奪えない。
いつか両親がいなくなったとき、残るのはこの記憶です。
「あの時、連れて行けたな」
そう思えることの価値は、計算できないほど大きいと思います。
反対に、会わなかった月は、なかったことになります。
会いに行って気まずい沈黙が流れたとしても、それは笑い話になる。
取り返せないのは、行かなかった側です。
今日、カレンダーを開いてください
もう一度、結論を書きます。
親と会う日は、先にカレンダーへ入れる。
そして、仕事のアポと同じ重さで守る。
やることは、それだけです。
来月の予定表を、今すぐ開いてみてください。
空いている1日に、親と会う枠を入れる。
それから、残りの日に仕事を組んでいく。
順番を逆にするだけで、1年後の回数は変わります。
僕も、あと何回かを意識しながら、予定を組んでいきます。
そして、顔を見せてあげてください。
必ず、喜んでくれるはずです。
では、今日はこの辺で。
ありがとうございました。
